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​龍馬の影を偲んで(令和七年一月発行「龍馬タイムズ」寄稿)
井伊達夫

〈1〉

 

   私は彦根生まれの彦根育ちで、物心ついた頃から刀やヨロイに興味があった。オモチャの刀やボール紙でヨロイらしいものを作り、それで遊んでばかりいた。勉強は放ったらかし、中学時代には剣道をやり、高校時代には剣道部をこしらえた。高校は滋賀県立彦根東高等学校で、旧制の頃は彦根第一中学校ともいい、有名大学への進学を志す生徒が大半を占める県内有数の進学校であった。


 私はその中での立派なはみ出し者であった。周囲はいわゆる「ガリ勉」ばかりで、そういう連中をよそ目に見て、剣道に励み、なおまたその上に陸上部にも属し、更に文芸部にも入って歴史物の小説など書いたりした。「窓」というクラブ名の学内誌で、創部以来歴史物ははじめてのことであった。学校の制服も自ら破って、泥をつけたりポマードをなすりつけたりして、ボロボロにして被り、ベルトに汚れ手拭をさしこみ高下駄という扮装で校内を闊歩した。こういう異形の服装(なり)をする生徒はいかに当時(昭和三十五年頃)といえども、私や先輩を含めてほんの数輩であった。大体がお行儀のいい同輩たちからは、”イカレ族”とみられていたようであった。剣道やそれに伴って日本の歴史に親しむようになってからは、そのような暴れ旗本のような服装(なり)は止しにした。


 以前如上のような学校生活を「硬派」のスタイルと誤認していた時期があって、改悛(?)してからは正装に戻った。しかし勉強は相不変いやで、専ら学校内の図書館と市立の図書館の往来で、郷土の歴史資料図書の他は、小説ばかり読んでいた。
冬になると図書館にはストーブが入る。旧式のダルマ式で、このストーブにあたりながら授業をサボること自体が愉楽であった。親しんだ作家は当時売り出しの司馬遼太郎、井上靖、現代作家では大岡昇平、そして当時の学生お決まりの文学定食と言っていい小林秀雄——といったところ。司馬遼太郎の歴史解釈、井上靖のいかにも頭脳明晰で清涼な文章、大岡昇平の男性的で倜密な文体・・・『新選組血風録』『花影』『無情といふこと』など三氏の代表的作品は今でも暗記された文体の一部はいつでも蘇らせることができる。

 
 社会へ出てからは井伊家資料類の採集とその解読研究を本職の書士業の合間にやった。古文書の解読などは現今のように手軽な辞典など十分に無かったから、まことにコツコツと、長い山坂の途を辿るようにやった。元来が好きな道であるから、容易くないのがむしろ私に闘志を育んだ。どこまでもやるぞ——というのが信念であった。昭和四十九年頃、富山の北日本新聞社が選者井上靖で短編小説を公募しているのを知って越前松平家抱えの甲冑師をテーマに「越(こし)の老函人」というのを書いて応募したら幸いにも一発受賞した。井上靖氏が選者というのに惹かれた結果の幸運な受賞で、大雪の朝富山迄授賞式に行ったのは良い思い出である。


 司馬遼太郎の「龍馬がゆく」で坂本龍馬が再認識された頃、私は井伊家資料類の中に龍馬が登場していないかどうか、懸命に調べたことがある。
しかし、彦根藩文書類中に龍馬が登場するシーンは皆無であった。かなりの時間を要した結果であるから、むしろアッサリとあきらめて然りのところであるのに無性に虚しく、三十万石という藩屏筆頭の大藩が何故か小さく感じられ、寂しい思いをした。

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