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母利美和氏監修になる
『図説 日本の城と城下町⑦彦根城(創元社)』ガイドブック中の
出典不記載及び歴史事実の誤認その他について

〈3〉

 

目次

 


(一)典拠史料所蔵者不記載の件 —序にかえて—
(二)「所蔵者不記載」発見とその顛末
(三)『歴程集』中における母利氏評
(四)母利氏の「二代井伊直継」恣意的省略
(五)『新修彦根市史』による「直継二代藩主の認証」
(六)述べて作る行為
(七)ガイド書中の掲載系図の誤りについて—懐しき井伊直虎物語
  (八)書中の附録関係図書紹介項「彦根城と城下町を舞台とした関連作品紹介」における『獅子の系譜』の誕生の真実
(九)あとがきに変えて

(三)『歴程集』中における母利氏評

 

私はかつて『歴程集』(限定二百部・井伊美術館・H18年刊)という当井伊美術館における甲冑武具古文書類・展覧会目録集を刊行したことがある。その頃、母利氏は京都の女子大学の助教授であったが、その以前は彦根城博物館の学芸員であって、新修彦根市史の編纂に係って拙蔵の藩古文書類調査に井伊岳夫氏と共に当井伊美術館にきたことがあった。それが相識となるはじまりで、交渉は深くも繁くもないが、考えれば既述の如く古い知り合いである。

母利美和氏調査風景.jpg
歴程集.jpg

(手前は後の井伊岳夫氏 新修彦根史編纂のための史料調査)-『歴程集』より

 その間いつのことであったかもう忘れてしまったが、所蔵資料の取り扱いに係って氏が問題をおこしたことがある。「問題」とは今回の件と同様の事態である。調べたらことは平成十八年、もう疾くに「時効」でもあるから詳細は避けるが、その間の事情が前記『歴程集』の本尾の方に私の文章で次のようにある。

 

——母利美和氏への評言——

母利さんはいろいろな意味で油断ならぬお方である。——少し前、拙蔵史料の取扱いの件で多少問題が生じ、——これにはもうひと方も係っていたのであるが、——注意したことがある。その時は電話でのやりとりであったが、母利さんはもう一人の人とは異り、開き直りの応答をした。多分一般の所蔵家に対しては、そのような言動態度を高圧的に取り慣れている故の振舞いではないかと推測されたが、私はびっくりした。対手が私でなくて、おとなしい人ならこれで終りである。次の瞬間、私はカミナリを落としてしまったから、これはしまったと思ったのか母利さんは態度を改められたが、私はその件について完全に納得了解したわけではない。仮に一件落着したとしても、事柄が当初から存在しなかったという白地の無の状態に戻るわけではない。ただ、期待されるべきでない事柄がおこり、それが私の表面的な容赦によって事済んだカタチになっているとすれば、実は問題は深刻なのであり、学者として反省を常態化していつも念頭においてもらう必要がある。・・・略

(この『歴程集』には若かりし頃の母利氏による拙蔵井伊家文書類の数量とその価値について寄せてくれた文章がある。当時母利氏は今よりはずっと謙譲で歴史に対して少なくとも現在より格段に真摯丁寧、無垢であった。井伊家史料研究に志す方のためにこの処の母利氏の文章を別稿として引用掲載しておく。)

 

母利美和「井伊達夫氏と彦根藩関係文書」(『歴程集』より)

 (PCでの閲覧推奨)

 以上の事柄から考えると、母利氏にはそういう習癖が本来の性格として存在するのかもしれない。最近同じような行為をした彦根の学芸員上がりの研究者

についても書いたところだが、こう書いてくると「元学芸員」という職種の人は具合の悪いことばかりする人が多いように一般の人々には思われるかも知れない。たしかに、以前地方の歴史都市博物館の元学芸員で大学の教師に転出した人に奸悪な人物がいたけれど、これは余程の例外である。そんな人ばかりではない。いわゆるまじめな人が本当は多い。そういう方々をたくさん知っている。

 

「知らぬ顔の半兵衛」という諺がある。半兵衛を決め込んで、問題が発覚すれば謝ればすむことだ——という具合で、大袈裟に言えば「事犯意識」をもたない横着主義である。これは困ったことであって、学人のとる行いではないと思うが如何であろうか。私の思い違いであれば嬉しいが・・・。

 

——————

 

話は現在に戻る。タイトル表記のガイド本の件であるが、多忙のせいもあっていまだ拾い読みの範囲をでていない。ところがただ瞥見しただけだが、その中で監修者の母利氏は史家とは考えられないような驚くべき歴史誤認ないし事実省略を行なっていることがわかった。このことについて以下述べていこうと思う。

断っておくが、私は氏の井伊家に係る文筆や講演などにおける際の歴史記述や解釈について、その認知している所は殆どない。他所で何をどう表現し口舌に乗せているかは承知していない。わからないから不安はなお拭えない。正しい歴史を語らず、不公平な歴史話を拡声しているのではないか?——と。本当のところはわからないが、その心配は杞憂でない様な気もする。

(四)母利氏の「二代井伊直継」恣意的省略へ

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