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第二章 「彦根時代」
​—参—

 そのころ京都の北、綾部の方へもしばしば出張することがあった。一定の仕事をおえると骨董屋めぐりはお決まりコースである。勿論目あてはヨロイカブトであるが、その時代には既に古甲冑は大抵の古物屋から姿を消していた。後年、甲冑武具専門の美術館を、憧れからまねごとのように開くことになってからは、しばしば出会うことになったけれど、当時は流通のルートも古物市場もしらなかったから、ヨロイの部品ひとつに出会うのも大変であった。

 私がヨロイカブトに係る最初の買い物は、この綾部の商店街の小路を入った小さな古物屋で出会った兜の飾りである。それは径8cmほどの日輪で、一般的に前立(まえだて)といって兜の真向正面にとりつけたものである。銅板に金メッキを施した、単純な造りのものだが、そこでそれを買った。たしか親爺さんは2000円といったのを1000円に値切って手に入れた。これが私の長い古甲冑・武具類買入れの記念すべき第一号となった。

 

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​前立参考 (織田信長所伝兜・戦国武将特選ギャラリーより)

  繊維関係の仕事で、北陸方面を担当していた関係で福井や小浜の方面へもよく行った。小浜では三軒の骨董店での思い出がある。

  もう既に半世紀以上もむかしのことであるから、その場所さえ地理的に思い出すことはできないが、小浜駅からそう遠くない大通りの小路を右へ折れた左側の小路の辺りに、古物を扱っているお爺さんがいた。店舗をもっているわけではなく、ごく普通の仕舞屋で、その人と場所も誰が教えてくれたのかさえおぼえていない。印象に残っているのは薄暗い家屋で寝間着をきたままの姿で昼飯を喰べている主人の姿である。汁碗には濃い油脂の浮いた中に豚肉のようなものが入っていたような気がするが、主人はそれを麦飯と一緒に旨そうにたべていた。

 

 そこは入り口をはいってすぐの部屋で、三畳ほどの広さ、その奥にこの家の本間と思われる座敷があり、鴨居に檜が二本架けられてあった。そのひとつには黒塗りの鞘に真田の六文銭が描かれてあった。その紋は紛れない江戸時代の古色ある本歌のもので、主人は、これは売れない、家宝だといった。もとより頼りない財布の私であるから、その断り言はごく自然に受け入れられた。かりに売るといわれても、おそらく手に合わなかったはずである。

 

 ところが、その部屋の片スミに思わぬものが置いてあった。少年用の小型のヨロイである。それは一瞥であったが古物であることが知れた。

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少年具足参考ー蜂須賀家少年具足(某家蔵・井伊達夫採集資料写真より)

 許しを得てよくみたが大分傷んでいる。それでも子供のヨロイは残存するものが少く珍しいので一般的には安くない。おそらく手がでないだろうと半ば諦めて値を訊いたら、驚いたことに買えない価格ではない。埃だらけの薄昏い部屋に一瞬光芒が走った。しかしその主人が提示した価格が今はもう思い出せぬ。主人の言い値はたぶん3000円くらいではなかったか。結果からいえばそれを1000円までまけてもらったのである。その値引き交渉を成功に導くのはたぶん2時間くらいかかったはずである。はなしを右へやったり左へまわしたり、ああのこうのの果ての2時間である。そして1000円!そのとき快哉を叫んだ心中の溢れんばかりのよろこびはいまも心に鮮やかである。1000円だ!1000円だ!やった!やったア!

 もう決定したら一刻も早くお金を支払ってこれを我がモノとして「さらばでござる」にしたい。風呂敷を貰った。気前のいいお爺さんであった。「・・・・無いと困るやろから・・・」

小浜駅から帰途の車中、みちあふれた思いで実に満足であった。

肝腎の仕事のことは全て忘れた。全て閑却、キャンセルだ。

 ——怪しからぬ「社員」である。勤めに向ける時間はすべておのれの楽しみの実現につかってしまった。

 

 これはどこかで埋め合わせせんといけない。マア何とかなる筈である!

​(続)

令和4年  12.24

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